それは去年の八月下旬に友人たちと山奥の渓流へキャンプに出かけた時の出来事であり今でもその光景を思い出すだけで背筋に冷たいものが走るような強烈な恐怖体験として私の記憶に刻まれています。到着した初日の午後に夕食の準備をしていた私は薪を集めるために少し離れた林の中へ足を踏み入れましたがそこで朽ち果てた大木の根元に吸い込まれるように飛んでいく一匹の大きな虫を見つけました。最初はオオスズメバチかと思いましたがよく見るとその色は私が知っている蜂のイメージとは程遠く頭部から胸部にかけてが血のように深い赤褐色をしており腹部は漆黒という非常に不気味で禍々しいコントラストを放っていました。その赤い蜂こそが後に調べて知ったチャイロスズメバチでしたが当時の私はその存在すら知らずただその異常な外見に圧倒され足を止めて見入ってしまいましたがその瞬間私の耳にキィーンという非常に鋭く高い羽音が響き渡りました。一匹の蜂がこちらを威嚇するように私の顔の周りを高速で旋回し始めその羽音はまるで金属を削るような殺気を含んでおり私は本能的に死の危険を感じてその場にしゃがみ込みました。蜂はカチカチという大顎を鳴らす威嚇音を立てながら私のわずか数十センチメートルの距離まで近づいてきましたがその赤い頭部にはこちらを冷徹に観察するような意志が宿っているように見え私は息を殺してただ時が過ぎるのを待つしかありませんでした。幸いにも数分後にはその赤い蜂は興味を失ったのか地中の巣穴へと戻っていきましたが私は震える膝を抱えながら這うようにしてキャンプサイトまで逃げ帰りその日は二度と林へは近づきませんでした。後でキャンプ場の管理人さんに話を伺うとチャイロスズメバチはスズメバチの中でも最も気性が荒く一度怒らせると数キロメートル先まで追いかけてくることもあるそうで私のあの時の判断は奇跡的に正解だったのだと教えられました。赤い蜂という色が持つ意味が捕食者に対する強烈な拒絶であるということを身をもって理解した夏であり私はそれ以来山へ行く際は必ず蜂の生態について予習し白っぽい服装を徹底するようになりました。あの時の漆黒の森に浮かび上がった鮮烈な赤色は自然界が人間に突きつけた立ち入り禁止の標識だったのかもしれず私たちはそのサインを読み解く謙虚さを忘れてはならないのだと痛感しています。
森の中で遭遇した不気味な赤い蜂との体験