私の平和な日常は、ある夏の朝、一本のバナナによって静かに、しかし確実に崩壊し始めました。数日前に買って、キッチンのカウンターに置いておいたバナナ。少し黒い斑点が増えてきたな、とは思っていましたが、その周りを数匹の小さな虫が飛び回っているのを見つけたのです。最初は、「どこからか入ってきたのかな」と、軽く手で払う程度でした。しかし、それが、我が家のキッチンを数週間にわたって支配する、ショウジョウバエとの果てなき戦いの始まりの合図だったのです。翌日、その数は明らかに増えていました。十匹、二十匹。彼らはもはやバナナだけでなく、キッチンの至る所を我が物顔で飛び回っています。私は慌てて問題のバナナを処分し、市販のコバエ用殺虫スプレーを買いに走りました。キッチン中にスプレーを噴射すると、確かに何匹かはポロポロと落ちていきます。しかし、翌朝にはまた同じ数の、いや、それ以上の数のハエが復活しているのです。まるで、倒しても倒しても湧いてくる、ゲームの敵キャラクターのようでした。次に試したのが、インターネットで見た「めんつゆトラップ」です。ペットボトルを切り、めんつゆと洗剤を混ぜて設置すると、面白いようにハエが捕れました。一日で容器の底が黒くなるほどの捕獲量に、私は「これで勝てる!」と確信しました。しかし、トラップで捕れる数以上に、どこからか新たなハエが供給されているようで、全体の数は一向に減る気配がありません。私の精神は、日に日にすり減っていきました。食事の準備をするのも、作った料理をテーブルに並べるのも、常にハエの影がちらつき、全く落ち着きません。キッチンは、もはや安らぎの場所ではなく、敵陣の真っ只中にある「戦場」と化していました。もう自力では無理だ。そう悟った私は、藁にもすがる思いで、発生源となりそうな場所を徹底的に洗い直すことにしました。そして、ついに発見したのです。シンクの排水口の、普段は外さない奥の部品の裏側に、ヘドロと共にびっしりと付着した、半透明の小さな幼虫の群れを。原因はここだったのか。私はブラシと熱湯を手に、半ば泣きそうになりながら、そのヘドロを完全に除去しました。すると、翌日から、あれだけしつこかったハエの数が、嘘のように減り始めたのです。この戦いを通じて私が学んだのは、目の前の敵を叩くだけでなく、その敵を生み出す根源を断つことの重要性でした。