いつの間にかキッチンを飛び回り、私たちの神経を逆なでする小さな訪問者、ショウジョウバエ。一体彼らは、どこからともなく湧いてくるのでしょうか。窓も閉めているはずなのに、なぜ家の中にいるのか。その謎を解く鍵は、彼らの驚くべき生態と、私たちの生活空間に潜む「発生源」にあります。ショウジョウバエは、その名の通り、熟した果物や野菜、そして発酵したものに強く惹きつけられる性質を持っています。彼らの主食は、果物や野菜が腐敗する過程で繁殖する「酵母菌」です。そのため、キッチンに置かれたまま少し熟しすぎたバナナや、使いかけで常温保存している玉ねぎ、あるいは飲み残しのワインやビールの缶などは、彼らにとって極上のレストランであり、最高の産卵場所となります。メスのショウジョウバエは、一度に数十個もの卵をこれらの餌場に産み付けます。そして驚くべきことに、その卵は気温が二十五度程度の好条件であれば、わずか一日で孵化し、幼虫となります。幼虫は餌である酵母菌を食べて急速に成長し、約一週間で蛹になり、さらに数日後には成虫となって飛び立つのです。つまり、卵から成虫になるまで、わずか十日程度しかかからないという驚異的なスピードで世代交代を繰り返します。これが、気づいた時には大群になっている理由です。また、彼らの侵入経路も巧妙です。体長がわずか二ミリから三ミリしかない彼らは、網戸の目や、サッシのわずかな隙間、換気扇、排水管などをいとも簡単に通り抜けてきます。屋外で発生した個体が、熟した果物の匂いを嗅ぎつけて侵入してくるのです。しかし、より深刻なのは、私たちが気づかないうちに家の中に発生源を作り出してしまっているケースです。キッチンの三角コーナーに溜まった生ゴミ、シンクの排水口内部のヘドロ、こぼれたジュースを拭き残した床の隅。これら全てが、ショウジョウバエの繁殖拠点となり得ます。彼らはどこからか湧いてくるのではなく、私たちの生活の中に存在する、ほんのわずかな見落としを起点として、その勢力を拡大していくのです。ショウジョウバエとの戦いは、まず敵の発生源を特定し、断ち切ることから始まります。