私の趣味は、古本屋を巡って、絶版になった小説や、デザインの美しい画集を集めることだった。部屋の一角を占める大きな本棚は、私の宝物であり、ささやかな誇りでもあった。しかし、その聖域がある日突然、悪夢の舞台へと変わることを、私は知る由もなかった。異変の始まりは、些細なことだった。本棚の近くの壁に、ホコリのような、銀色の粉が落ちているのに気づいたのだ。掃除をしても、数日後にはまた同じ場所に現れる。そして、ある夜、読書をしようと本棚に手を伸ばした瞬間、一冊の本の陰から、あの、言葉では言い表せないほど不気味な、銀色の虫が滑り出てきたのだ。紙虫(シミ)だった。全身の血の気が引くのを感じた。まさか、自分の宝物の城に、こんな侵略者がいたなんて。私は震える手で、本棚の本を一冊ずつ取り出し始めた。そして、その度に、私の絶望は深くなっていった。本と本の隙間から、棚板の裏から、次から次へとシミが這い出してくる。中には、卵の抜け殻のようなものや、黒い小さなフンまであった。そして、被害はそれだけではなかった。私が特に大切にしていた、革装丁の古い洋書の表紙は、まるで細かいやすりで削られたかのように、表面がざらざらに食い荒らされていた。別の本のページには、不規則な形の、半透明になった食害の跡が、まるで地図のように広がっていた。それは、私の大切な思い出と知識が、静かに、しかし確実に蝕まれていた証拠だった。その夜から、私は自分の部屋で眠ることができなくなった。ベッドに入っても、体のどこかをシミが這っているような幻覚に襲われ、本棚の方を見るたびに、無数の虫が蠢いているような気がしてならなかった。自分の家が、自分の部屋が、もはや安全な場所ではない。その感覚は、私の心を確実に蝕んでいった。翌日、私は半狂乱の状態で、本棚の全ての本をベランダに出し、殺虫剤を買いに走った。駆除と、徹底的な掃除、そして防虫対策。平穏を取り戻すまでに、一週間以上の時間と、相当な精神力を要した。あの悪夢のような体験は、私に一つの教訓を刻み込んだ。大切なものを守るためには、愛情だけでなく、正しい知識と、日々の管理がいかに重要か、ということを。
紙虫が私の本棚を侵食した日の悪夢