本棚の奥から古いアルバムを取り出した時、あるいは押し入れの隅に積んでいた段ボールを動かした瞬間、銀色に光る、魚のような奇妙な虫が、にゅるりとした素早い動きで闇へと消えていく。そんな不快な経験をしたことはありませんか。この、多くの人が「紙虫」と呼ぶ不気味な訪問者の正体、それは「シミ(紙魚)」という名前を持つ、非常に原始的な昆虫です。シミは、昆虫の中でも翅(はね)を持たない「無翅昆虫」というグループに属しており、その起源は数億年前の石炭紀にまで遡ると言われています。恐竜よりも遥か昔から、地球上でほとんど姿を変えずに生き続けてきた、まさに「生きた化石」と呼ぶにふさわしい存在なのです。その外見は非常に特徴的です。体長は一センチ程度で、体は扁平な涙滴状をしており、銀色や灰色の光沢を持つ鱗粉(りんぷん)で覆われています。そして、腹部の末端からは、三本の細長い尾(尾糸と尾毛)が伸びています。この銀色の鱗粉と、体をくねらせて素早く走る姿が、まるで小さな魚のように見えることから、「紙の魚」と書いて「紙魚」という名が付けられました。彼らの生態は完全な夜行性で、光を極端に嫌い、暗く湿度の高い場所を好んで生息します。寿命は昆虫としては非常に長く、七年から八年も生きることがあり、その間、脱皮を繰り返しながら成長を続けます。この奇妙な見た目と、予測不能な素早い動きから、多くの人に強烈な嫌悪感を抱かせるシミですが、人間に対する直接的な害は全くありません。彼らは毒を持たず、人を刺したり咬んだりすることも、ハエやゴキブリのように病原菌を媒介することもありません。衛生面での危険性は極めて低いのです。しかし、彼らはその名の通り「紙」を好んで食べるため、本や書類、壁紙などを食害する「文化財害虫」として、私たちの暮らしに間接的な被害をもたらします。シミという生き物の正体を知ることは、過剰な恐怖心を取り除き、冷静で適切な対策を講じるための第一歩となるのです。