キッチンやゴミ箱の隅でうごめく、白くて小さな芋虫のような生き物。多くの人が「うじ虫」と呼び、強烈な嫌悪感を抱くこの生物の正体は、その名の通り、ハエの幼虫です。一口にハエと言っても、私たちの家庭環境に現れるのは主にイエバエやクロバエ、ニクバエといった種類ですが、うじ虫の基本的な生態は共通しています。彼らの存在は、自然界における生命のサイクルと、私たちの生活空間が交差した時に生じる、必然的な現象なのです。ハエのライフサイクルは非常に効率的で、驚くほど短く設計されています。気温などの条件が揃えば、卵から成虫になるまで、わずか二週間程度しかかかりません。メスのハエは、一度に数十から数百個もの卵を、幼虫が孵化してすぐに栄養を摂取できる場所に産み付けます。その場所こそが、生ゴミや動物の死骸、糞といった、腐敗が進行している有機物なのです。ハエは、この腐敗臭を敏感に嗅ぎつけ、未来の子供たちのための最高のゆりかごとして選びます。卵は、暖かい環境下ではわずか一日足らずで孵化し、私たちが目にするうじ虫の姿となります。うじ虫には、私たちが見慣れた昆虫のような頭や脚といった器官はほとんど見られません。その体は、ひたすら餌である腐敗物を食べ、エネルギーを蓄積し、成長するためだけに最適化された、単純な消化器官の塊のようなものです。彼らは腐敗物を食べることで、自然界においては物質を土に還す「分解者」という、非常に重要な役割を担っています。しかし、その活動場所が人間の生活空間と重なった時、彼らは単なる不快害虫、そして衛生害虫と化すのです。うじ虫は、数日間かけて脱皮を繰り返しながら急速に成長し、やがて動かない蛹(さなぎ)になります。そして、さらに数日後にはその硬い殻を破って羽化し、新たな成虫のハエとなって飛び立つのです。そして、そのハエがまた新たな卵を産み付ける、というサイクルを繰り返すことで、爆発的にその数を増やしていきます。一匹のうじ虫を見つけたということは、その背後に数十、数百の仲間が潜んでいる可能性、そして新たなハエが大量に発生する目前であるということを、明確に示しているのです。